秘密の地図を描こう
16
へそを曲げたのか。シンはそのままシャワールームへ引っ込んでしまった。
「やはり、危険か」
それを確認しながら、レイは小さなため息をつく。
「この調子では、キラさんに何を言うか、わからない」
今は、確かに普通に――と言っていいのかどうかはわからないが――暮らしている。それは彼の精神状態が落ち着いているからだ。
しかし、何かきっかけがあればそれが崩れるかもしれない。
その結果、キラを失うようなことになれば……そう考えるだけで足下が崩れるような感覚に襲われる。それはラウを失ったと考えたときと同じだ。
「俺にとって、あの人はギルやラウと同じくらい大切な存在なのに」
彼はラウを連れ帰ってくれた。
いや、それだけではない。
彼は自分達に未来をくれた。
もちろん、それは完全ではない。
失敗する可能性だってあることは理解している。
だが、絶対に手が届かないと思っていたそれをつかむ機会を与えてくれただけでも十分だ。
もちろん、大切な存在を失ったシンに同情しないわけではない。どこかでボタンを掛け違えていれば、自分だってキラに対して同じような感情を抱いていたかもしれないのだ。
でも、とレイは唇をかむ。
「俺はあの人を守る。そのために、ここにいるんだ」
誰が相手だろうと、と小さな声で続ける。
「お前が相手でもだ、シン」
自分にとって彼は初めてできた友達だ。
それでも、キラに比べられるはずもない。
「頼むから、俺にお前を排除させるな」
小さな声でそう呟く。
できれば、友人も失いたくないから。そう続けた。
目の前のセンサーが変化を知らせている。
「……これって……」
ひょっとして覚醒しかけているのだろうか。
「ギルさんは、気づいているのかな?」
この事実に、とキラは呟く。
「ともかく、メールをしておいた方がいいよね」
彼に、と口の中だけで続けた。
「後は……レイかな?」
それとも、と思いかけてやめる。もしこれが間違いだったとしても、知らせない方がまずいような気がする。
「データーが変化しているのは事実だから……教えた方がいいよね」
うん、そうしよう……とキラは自分に言い聞かせるように言った。
そのままキーボードを引き寄せると、まずはギルバートへのメールを書き始める。それを送信し終わってから、レイへのメールへと手をつけた。
「あの人が目覚めると言うことは……また、何かが変わろうとしているのかもしれないね」
それが自分達にとってよい方向へ向かう契機になってくれればいい。
そう考えるものの、心のどこかで誰かが『違う』と叫んでいる。
「……あなたともう一度話ができれば、別の何かが見えてくるのかな?」
それとも、さらに混乱が深まるだけなのだろうか。
いくら考えても答えは出ない。
それでも、前に進むことはできるのではないか……とキラは考えている。
「みんな、あなたのことを待っているから」
だから、早く目覚めてほしい。そう呟く声は彼以外のものの耳には届かなかった。